2019年07月14日

高楼雨祭

雨の夕方に淡く提灯が光る、京都・四条烏丸西の祇園祭「函谷鉾」と両側のビル

雨中ひなかの山鉾見物へ

今年も祇園祭が始まった。

7月10日開始の山鉾設置作業「鉾建て・山建て」を経て、試運転的な「曳き初め」も終った今日夕方から、その様子を覗きに行ってみた。

拙宅から京都市街中心の鉾町までは距離があるが、梅雨で叶わぬ山行鍛錬の代わりを兼ね、歩いて行くこととした。雨は初めなく、その後断続的に降り始める。

写真は、そうしてゆっくり1時間程かけて到着した、鉾町中心辺りの函谷鉾(かんこぼこ)。大路・四条通に置かれる、大型の鉾櫓である。

思えば、夕方ながら、陽が有る内に山鉾を見ることは珍しい。しかし、その分、夜だと気づかないことも多い。写真両側にも写る高楼(たかどの。ビル)などである。


函谷鉾の西側の四条通にある雨下の「月鉾」と背後のビル
函谷鉾の西にあり、同じく四条通に建てられた「月鉾」。月鉾は祇園祭の全山鉾中、最大のものとして知られるが、それでも今は見ての通り、ビルに見おろされる有様である


京都・四条室町にある雨下の鶏鉾と、統一感なく意匠もおかしい背後のビル
ビルが多いのは四条通という繁華街のため仕方がない、との声が聞こえそうだが、小路に入った鶏鉾でもこの通り。しかも、統一感なく、意匠的なおかしさも目立つ


高層マンションに挟まれ「肩身が狭くなった」、山伏山の会所(山伏山町家)と2階の御神体
鶏鉾付近の室町通は拡幅されて広い方なので、こちらはどうであろう。室町通北寄りにある「山伏山町家」である。山の部材や飾り物の懸装品(けそうひん)を収納・展示する「会所(かいしょ)」で、2階には巡行時山に載せられる御神体の浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)像の安置も窺われる。古式が残る良い会所ではるが、背後には見ての通りの高層マンション。数百年来地区の中心であった会所も、最早肩身の狭い存在と化してている


ビルの壁に圧せられる、京都市街・新釜座町南側の膏薬辻子
こちは鉾町ではないが、それらの間にある細い路地で、新釜座町を貫き四条と綾小路を繋ぐ「膏薬辻子(こうやくのずし)」の南側。右の重要文化財町家「杉本家住宅」や奥に古い町家が残る風情ある路地だが、昼間見ると、やはりビルの壁に圧せられている


格式ある提灯飾りが印象的な京都祇園祭・太子山の飾り場「秦家住宅」と、その趣を害する乱雑な電線や電柱
こちらは、四条油小路を南へ下った、太子山の飾り場所「秦家住宅」前。趣あるその明治町家の店構えや、御神体・聖徳太子像の安置を窺わせる、格式ある提灯飾り等が印象的だが、表の乱雑な電線や電柱が目立つ。ビルとは異なるが、これも景観公害の一種と言えるのではなかろうか


ビルの谷底、車輌の川中にある、京都・祇園祭山鉾巡行の主役的存在「長刀鉾」
最後は祇園祭山鉾巡行の主役ながら、雨で鉾先の刃の光も鈍りがちな「長刀鉾(なぎなたぼこ)」。最初に紹介した月鉾等と同じく四条通に建てられるので、当然ビルの谷底、車輌の川中にある

雨の前祭宵宵々山観覧終了
白日に晒された問題点みる


さて、今置かれている「前祭(さきまつり)」の山鉾を大方巡り、長刀鉾を最後に鉾町を後にした。折しも雨脚も強くなってきた。

今日はまだ巡行3日前の宵々山前夜(宵宵々山?)で、しかも雨天ながらかなりの人出であった。やはりそれだけ祇園祭は人気が高いということか。

日本を代表するような祭なので、当然とも言えるが、変わらぬ趣や奥深さの傍で進行する由々しき変容や問題点も窺われた。

今回は、そうした、正に「(昼の)白日に晒された」問題に着目したため、少々批判的内容となった。しかし、こういう視点も重要で、また広く内外の人に知らせる必要もあると思うので、何卒諒解頂きたいと思う。

前祭の巡行は今月17日。その後、別の山鉾群による同様の後祭が始まる。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 逍遥雑記