2019年01月13日

雪山錬行

2018年の台風21号による芹生峠の凄まじい倒木被害

適期初の冬山鍛練

今年最初の山行きは個人での訓練行。

昨年に続き、いよいよ適期を迎えた雪山での鍛練と実地研究であった。向かったのは、京都市街近郊の雲取山(911m)。京都盆地北縁に連なる北山(きたやま)山地只中にあり、市街から見て最も奥に覗く一峰である。

昨年末以降、比較的暖かい日が多く、市街に全く雪はなく、また今日も12度まで気温が上る予報が出ていたが、雲取山手前の天狗杉(山名。標高837m)等に雪が見えたので、一先ず向うこととした。

仕事の関係で早朝のバスに乗れなかったこともあり、二輪で向かう。行先は、雲取山直下の集落「芹生(せりう・せりょう)」であった。左京区を北上し、岩倉から貴船に入り、その後、峠道にさしかかる。

凍結を警戒しつつ速度を落として林間を進むと、昨年9月の台風21号による凄まじい倒木被害が現れた。写真がその様子だが、植林木の一目数千本とも想われる被害が認められ、その他にも落ちた車道の補修や路上倒木の切断跡等が随所に見られた。

そういえば、この道も台風以降長く通行止めが続いていたのであった。


両側に雪積る芹生峠

芹生峠から雪上を歩く

つづらの道を登り高度を上げると、やがて路上にも雪が現れた。そして、それを避けつつ、なんとか芹生峠に到着。

標高約700m、路肩から続く斜面には、写真の如く深さ30cm程の積雪がみられた。


芹生峠北側のアイスバーン路面

一応、何度か除雪が入ったようではあるが、写真のように峠より先は完全なアイスバーン状態となっていたので、車行を断念し、以後は歩いて雲取山を目指すこととした。


雪に閉ざされた芹生集落
芹生峠から暫く(1.5km程)車道を歩き、やがて芹生集落に到達。見ての通り、雪で閉ざされ静まり返っている。一応、京都市内ではあるが、その市街地とは全くの別世界であった


雪に埋もれる旧芹生小中学校
谷なかの芹生集落を通り、集落北西にある雲取山を目指す。旧芹生小中学校も雪に埋もれてこの通り


雲取山と旧花背峠の分岐路と芹生ロッジの建屋群
分岐路と芹生ロッジの建屋群

芹生集落外れから雪の林道を北上

道はやがて集落外れの芹生ロッジと、北(左)の雲取山・東(右)の旧花背峠へと道が分かれる地点に到達。

芹生ロッジは芹生集落保存活動の中心施設。ここでゲイター(雪除脚絆)をつけ、北の道に入った。


雪の勢龍天満宮と背後の倒木被害

分岐を過ぎると更に積雪が増す。路上でも20cmを超えるか。歌舞伎の『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』と縁のある「勢龍天満宮(せりょうてんまんぐう)」も写真の通り。

そして、神社背後の斜面には、また大量の倒木被害が見られた。初めて入る雲取山への不安は、山上の雪や氷の状態と、この倒木であった。


芹生奥の台杉(櫓杉)
勢龍天満宮上手の巨大な台杉もこの通り


芹生北の三ノ谷の分岐
三ノ谷との分岐。門の向こうが三ノ谷。主路続く右側は花脊方面へ続く

芹生と雲取山最短路の三ノ谷へ

川沿いに付けられた林道を遡上するように進み、やがて「三ノ谷」分岐に達した。三ノ谷は芹生から雲取山へ行く最短のルートである。

交通の便が良い東麓の花脊集落に近い一ノ谷や二ノ谷のルートが一般的で、情報も多かったが、雪が多いため最寄りの三ノ谷を進むことにした。


芹生三ノ谷の道を塞ぐ倒木
三ノ谷の道を塞ぐ倒木。これまで比較的道への倒木被害は少なかったが、奥に進むにつれ増え始めた


冬靴に装着したワカン
冬靴に装着したワカン

三ノ谷にも足場の良い林道が続いていたが、雪が深く歩き難くなったので、雪上で浮力を稼ぐワカン(かんじき)を装着した。

積雪は30cm程か。荷を置くにも尻を着くにも雪と接するため、何かとやり辛い。

今日の訓練山行は、昨年あまり出来なかったワカンの歩行訓練と、年末仕入れた冬靴のテストも兼ねていた。


雲取山山頂と三ノ谷を結ぶ支流谷の道なき雪上ルート
山頂へと続く支流谷の道なき雪上ルート

山頂へ直結する支流谷での格闘

やがて、三ノ谷と雲取山山頂を短絡する支流谷に入る。林道は途切れ、進路も北行から東行へと変わった。

全く道のない、または埋もれた、雪の登坂を進む。谷の右急斜下には雪崩の前兆ともされる無数雪玉(スノーボール)の落下が見られた。

先行者の踏跡は全くなし。少々緊張して進む。


雲取山山頂下の新雪質の急斜

支流谷では、雪深い谷の斜面を無理やり横切るように進んだり、雪の溶けた沢筋を進んだりして徐々に高度を稼いだ。しかし、ワカンでも深く沈む新雪(しんせつ)質の雪や、急斜でのスリップの所為で、中々進まない。

時に尾根筋に出て負担軽減と速度向上を図るが、倒木が多く結局谷筋に戻った。陽は射しているが、深い雪か標高の所為か気温も低く感じられた。

写真は、山頂方向に続く、困難な我が前途。


雪覆う雲取山の山頂
雲取山山頂

山頂は晴天なるも寒し

あまりに時間がかかるようであれば、帰りが危険になるので、中止も考えたが、なんとか到着した。

三ノ谷から頂上までは、距離にして500m程、高低差も160m程であったが、1時間近くかかってしまった。慣れの問題もあろうが、好天にもかかわらず、雪質により体力と時間が大いに費やされるという知見を得た。

実は、芹生峠から支流谷まで4km以上あったが、僅かなこの区間が大きな難所となったのである。


雪の雲取山山頂から比叡山及び京都市街方面を見る
雲取山山頂からの眺め(比叡山及び京都市街方面)

さて、雲取山山頂では雪上に荷を下ろし遅い昼食をとる予定であったが、風が強く、全てを食す気にはなれなかった。防風用の上着を取り出し、急ぎ汗冷えに備えた。

折角なので周辺を見回すも、雑木の所為で殆ど無し。僅かに、枝の向こうの叡山と京都市街の家並が確認出来たのみであった。

山上には花脊方面から登ってきたとみられる古い足跡はあったが、ここ最近の人跡は見られなかった。悪い場所ではないと思うが、交通不便で人気がないのか、少々残念な気がした。


雲取山山頂から続く雪の踏み跡
自ら固めた踏み跡を辿り下山する

短時の下りと山への惜別

麓の気温からすると山頂も零度以上かと思ったが、強風の所為で体感は氷点下に思われた。寒く、時間も遅いので、早々に撤収することにした。

深い雪と寒さ――。しかし、ここは京都市街北縁から直線10km程度の、まだ市内であった。京都の意外な広さ、奥深さに改めて感じ入った。

下りは自身で固めた踏み跡を辿る。あれほど困難だった道程は、驚くほど短時に終り、正に午後の幻と化したのであった。


樹下の雫が光る芹生北部の道)
樹下の雫が光る谷あいの道(芹生北部山間)

また延々と雪の林道を戻りゆく。山での緊張が解けた後は、いつも名残惜しさに包まれる。格闘した相手への理解と敬愛のようなものか――。

地形図によると、この山域には900mを超す峰が雲取山を含め4座ある。近々、それらもまた巡ってみたいと思った。

無事帰宅し疲れ癒すも……

そして芹生峠に戻り、無事、陽のある内に、道が凍らぬ内に帰宅することが出来た。

それにしても、新雪にもがいたため意外に全身運動が叶った。帰宅後は道具を片し、風呂に入ってその疲れを癒す。しかし話はここで終らず。なんと、深夜友人に呼び出され、新年会がてら4時過ぎまで飲むこととなった。

店で「雪山帰りだ」と言うも、友や他客共々、半信半疑の様子。新雪との格闘はおろか、山行そのものも、また幻と化したか……。

致し方あるまい。これも諸行無常、下天は夢か……。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会